人生栗色

観たり読んだり考えた記録

『絵本合法衢』@あうるすぽっと

せっかくブログを作ったことだしDVDも発売になったのでこの作品について記しておきたいと思う。 

 

 

私は最初この公演を観に行くつもりがなかった。

劇団ひまわり系列事務所の若手を集めた公演だと知っていたし、きっとファンサービス要素の多いミーハー興行だろうとタカを括っていたのだ。(観る前からレッテルを貼るなど今となっては恥ずかしい話であるが。)

しかしゲネプロが終わった辺りからTwitterに流れ始めた演劇ライター陣のツイートの様子がおかしい。絶賛に次ぐ絶賛。半ば放心したような感想が並ぶのを目にし、これはただごとではないぞと慌ててチケットを手配した。

 

そしていざ観劇。とんでもないものを観てしまったと震える。

以下ネタバレを含むためこれから初めてDVDを見る方は回避推奨。

 

まずはよくぞこの演目を若手の役者にやらせてくれたと関係各所に拍手を送りたい。

全編がっつり古語で展開される本格時代劇。アドリブでのおふざけシーンでほっと息をつける瞬間もあるけれど、大半は息を詰めて大真面目な芝居にのめり込まされた。

客層だって若い女性がほとんどで内容も難しかったと思う。かく言う私も台詞の9割近く何を言っているのか理解できなかった。

それでも伝わってくるのだ。演者の言い回し、表情、所作、熱量から、今がどういう場面でこの人たちがどういう関係性でどういう感情から言葉を発しているのか見ていればわかってしまう。

これは演劇の本質的な面白さではないかと感じた。歌舞伎やその他伝統芸能、あるいはブロードウェイミュージカル等を(私はきちんと見たことがないけれど)、言葉はわからなくても面白がれるのがエンターテインメントや芸術なのだと実感できた。

あの難しい言い回しに感情を乗せられるまで見事言葉を操ってみせた役者の皆さんには脱帽する。まだ若いのに…というのも失礼なくらいプロフェショナルな集団だと再認識させられた。

 

そして会場に入った瞬間目を見張る、本来楽屋にあるはずの鏡台が存在感を示す舞台美術が衝撃だった。

役者たちはそれぞれ鏡前で化粧をし、水分を補給し、時には談笑し、次のシーンの衣装に着替えてスタンバイをし、終演後にはまた鏡前に戻っていく。それがすべて舞台上で行われているのだから気が気じゃない。

まるで歌舞伎を上演する役者たちをさらに演じているのを眺めるような、強制的に一歩引いて俯瞰させられるような心地を覚えた。劇場で観るよりも、視界の狭まるDVDで見た方が物語自体に入り込めたほどだ。

斬新さで言えば演者によるドラム演奏もある。今回出演している役者はそれぞれ善人・悪人・女形の3役をこなしているが、唯一佐藤流司だけが善人役とドラム演奏を担当している。というのもこのドラム、悪人が悪事を働くときに激しく打ち鳴らされるのだ。悪人を兼役していない佐藤が演奏することに意味がある。

ドラムの他にも悪人の衣装に洋装が取り入れられたりと、現代的な要素はいたるところに散りばめられている。それでいて善人の活躍にはツケが鳴らされ、役者は見栄を切り…といった歌舞伎の要素も満載だ。この和洋折衷、古典と現代的要素の融合が絶妙の塩梅で、目にも耳にも楽しく新鮮な感動を与えてくれた。

 

個人的に心を奪われたのは鳥越裕貴演じる悪人・太平次だ。

彼にこんな引き出しがあったのかと胸の動悸が治まらず、客席で昇天しかけた。

太平次には色気があり、時に甘えたような愛らしさも覗かせ、何よりずっと淋しさを漂わせていた。

悪人でありながら憎み切れない、母性本能をくすぐる狡い色男だった。

鳥越裕貴という役者の持つ低めの掠れ声がいい味となり、太平次に30代・40代くらいの男の貫禄と色気をもたらしていた。彼自身の小柄で可愛らしい印象は嘘のようになりを潜めるのだから驚嘆する。

オープニングの懐中電灯を顔に当てる場面で既に、太平次という役が凝縮して表されていたように思う。悪い顔の後にふっと切り替わる、あの淋しげで虚ろな表情をしっかりと映してくれたDVDの編集者に賛辞を贈りたい。

太平次は血に染まる掌を汚いものとし嫌悪する。悪に手を染め、富を手にしながらも、本当は心の淋しさを埋めることが何よりの望みであるように映った。

歌舞伎でも演じられていないという太平次の最期は、鳥越の太平次だからこそのものになったのではないだろうか。『舞台男子』*1のインタビューの中で語られた、太平次の「俺は淋しいんだ」という台詞は演出の丸尾氏が足してくれたというエピソードからも窺える。

“悪”一辺倒ではない、どこか可哀想な人間らしい太平次を最期まで見事に生き抜いて魅せた。どうかあの世でも色男らしく、先に逝った女たちと痴話喧嘩を繰り広げてほしいものだと夢想してしまう。

 

物語は佐藤流司演じる合法が仇討ちを果たすことで終幕となる。

上演題目でもある役名を背負った彼の気迫は凄まじく、最後の大立ち回りなど暗転するまでまばたきを許さない。こと切れる瞬間は特に必見だ。

ショー用に見目麗しく演出された殺陣とは異なる、泥臭く生々しい、まさに人を殺すための殺陣がこの作品の見どころの一つだと思うが、一番の見せ場である最後の立ち回りは手に汗握るものがあった。

観客の気持ちを最後まで運び切った合法、文句なしに天晴れである。

 

他にもうんざりお松の可愛らしさや、俊行のバカ殿っぷりから智将への切り替え、登場する女性たちの強かさなど、魅力的な部分はたくさんあるけれど長くなるため割愛。

こんなに面白い舞台をスルーしてしまわず本当によかった。公演は結局2回行ったし、今年観て良かった舞台暫定1位に君臨している。

こういう想定外の出会いがあるから観劇は辞められないのだと、改めて思い知らされる作品となった。