人生栗色

観たり読んだり考えた記録

5年前に一生忘れられない舞台と出会った話

今年も6月がやって来ました。
私には毎年6月になる度に思い出す舞台作品があります。
冒険者たち~The Gamba 9~』
今から5年前の2013年6月6日~22日、池袋サンシャイン劇場と今はなき名鉄ホールにて上演。
内容は、テレビアニメ『ガンバの冒険』でもお馴染みの、斎藤惇夫原作『冒険者たち ガンバと15ひきの仲間』を題材にしたミュージカル作品でした。

http://papageno-net.com/boukensha/

<スタッフ>
脚本/演出/作詞:菅野こうめい
作詞:うえのけいこ
音楽:大石憲一郎
振付:振付稼業air:man
<キャスト>
ガンバ:上山竜司
イカサマ:辻本祐樹
シジン:大山真志
ボーボ:土屋シオン
忠太:山下翔央
潮路:皆本麻帆
一郎:和田琢磨
ツブリ:延山信弘
アンサンブル:堀田勝/岩下政之/逢沢 優/杉本 崇/穴沢裕介
ガクシャ:森田ガンツ
マンプク:金澤博
ヨイショ:坂元健児
ノロイ今拓哉
オイボレ:尾藤イサオ

今思うと錚々たる名前が連なっていますが、当時の私はこの顔ぶれの貴重さがあまりわかっていませんでした。
冒険者たち~The Gamba 9~』は通称“ネズミュ”と略され、公式Twitterなどでも宣伝がなされていました。
当時“〇〇ミュ”と名のつく作品は今ほど多くなく、2.5次元舞台というブランディングも確立されていない時期だったと思います。
キャストたちがネズミの耳を付けたポスタービジュアルと“ネズミュ”という呼称から、ケモミミを付けたイケメンたちが歌い踊る女性ファン向けの舞台かな?という先入観を持っていました。
キャストの中に推しと呼ぶほどの役者さんはいませんでしたが、目の保養と耳の保養にはなるだろうという軽率な気持ちで一度だけ観に行くことにしました。

何の期待もせず気楽に足を運んだ当日、サンシャイン劇場に辿り着いた瞬間からネズミュワールドは始まっていました。
まず、ネズ耳をつけた妖しげなピエロが入口の前に立っています。最初はギョッとして近寄れませんでしたが、お客さんを迎え入れながら披露する見事な大道芸に、気付けば周りは笑顔に包まれ拍手を送っていました。
ロビーに足を踏み入れると、既に衣装を身にまとったアンサンブルキャストたちが座席までエスコートをしてくれたり、手品で客席を盛り上げたりしてくれます。
開演前からの徹底された世界観作りに「ここはネズミューランドだ!」とすっかり子供のようにわくわくさせられていました。

そして終演後、「ああ私はこの舞台と出会うために今まで観劇を続けてきたのだ」と思いながら客席でボロボロ涙を流す自分がいました。

ストーリーはご存知の通り、主人公のガンバが仲間を増やしながらイタチとの戦いに挑む、単純明快な冒険活劇。
しかしそんなシンプルな話だからこそ、出会いと別れの尊さや作品に込められたメッセージが、良質なお芝居と歌によってぐっと観客の心に響いてきます。
若手俳優がネズ耳つけて歌って踊るだけ、などと考えていた私の頭をガツンと殴るような、本格ミュージカルに圧倒されました。
頭角を現しつつある若手俳優たちと、それを支えるベテランミュージカル俳優の重厚な歌声に、これは本当に池袋で観ていい作品なのか?ここは日比谷ではないのか?と思うほどのクオリティ。
引き込まれる脚本、個性豊かなキャラクター、キャッチーで耳に残る楽曲、一人一人こだわられた衣装、演出に合わせた舞台装置。
どれを取っても素晴らしく、また歌やダンスだけでなく空中パフォーマンスまで盛り込まれた高いエンターテインメント性に、観るまでは少し高いと感じていたチケット代8000円なんて今考えるとタダ同然でした。

私はすぐに2回目の観劇を望みましたが、その時期は当時推していた俳優の舞台期間と被っており、あまりチケットを増やせない状況でした。
余談ですが既に複数枚取ってしまっていた推しの舞台は蓋を開けてみたら全く私好みの作品ではなく、客席に座りながら「私はなんで今ここにいるんだろう。なんでサンシャイン劇場にいないんだろう」と考え出す始末。
この時の心境を“好きな男の腕の中で違う男の夢を見る”現象と名づけました。(心底どうでもいい)
そんなフラストレーションを抱えた反動もあり、私は無理をしてネズミュの観劇数を増やし、涼しくなった財布と引き換えに感動で胸を熱くしました。
最初はちらほらと空席の目立っていた会場も、回を重ねるごとに口コミが広がり客席が埋まっていったと記憶しています。
一度でも観た人は、口を揃えて素晴らしい舞台だったと褒めていましたし、否定的な意見をあまり見かけない稀有な作品だったと思います*1
そうして東京公演最後の観劇を終えた後、もうあのネズミたちと海の旅が出来ないのだと思うと淋しくて悲しくて、池袋駅までの道のりをずるずるに泣きながら歩いたことを覚えています。
結局我慢の出来なくなった私は、名古屋まで足を運び大千秋楽を見届けるのですが……。

全てが終わってしまってからはロスがひどく、キャストさんのブログや公演の記事などを巡回しては画像を保存する日々。
特に、ボーボ役の土屋シオンくんはネズミュに対する深い想いを人一倍ブログに書き綴ってくれていました。
ボーボという役が本来の彼にとても近いのだと、特別な思い入れを語ってくれたことにとても嬉しくなりました。
唯一公開されている稽古中の動画は、今でも年に数回再生し薄れゆく記憶を手繰り寄せています。
キャストさんも演出家の菅野こうめいさんも演劇ライターさんも勿論当時舞台を観た人たちも、何年経ってもふと思い出して語り出すことがあるような、そんな印象的な舞台でした。

アンケートは毎公演、読みにくいほど細かな文字で両面びっちり記入しました。
再演希望の声も多かったようですが、出演者の一人から「数年先までスケジュールが埋まってるキャストもいるので今後同じメンバーが集まるのは難しい」というようなお話を聞きました。
舞台はその時限りのものというのは重々承知していましたが、DVD化とCD化の希望だけはアンケートだけでなくTwitterにもしつこく書き続けました。
一人でも多くの人に見てもらいたい、未来の子どもたちにも見てほしいと思える作品だったので、どうしても記録に残してほしかったのです。
撮影が入っていないのは知っていましたが、ツブリ役の延山さんがテレビ出演された際に、ネズミュで披露した空中パフォーマンス“エアリアル”の映像が使われていたので、その記録用の定点映像でも構わないから円盤化してくれ!と切実に声を上げ続けました。

しかし待てど暮らせど円盤化のお知らせが来ないまま月日は流れ、もう制作会社に就職するか盗みに入るしかないのでは?と非現実的なことを考え始めた頃。
制作会社アトリエ・ダンカン倒産のニュースが演劇界隈を騒がせます。
さすがに、こんなに絶望することがあるのか、と目の前が真っ暗になりました。
もうあの時のあのメンバーでのネズミュは二度と見ることが出来ないのだと現実を突きつけられた思いでした。

それでも諦めの悪い私は、いつかどこかの制作会社がネズミュ上演の権利を得て、当時に近いキャスティングで再演される日が来るのではないかと夢見ています。
その際に2013年版ネズミュのDVDもしくはCDが物販に並んだら最高!
言霊を信じてこれからも口にし続けていきたいです。
ネズミュに出会ってから早5年、今年もまた6月の雨を大海原に見立てながら、ネズミたちとの冒険を思い返して過ごすことでしょう。

 「死する時、我ら皆、海の藻屑となりえんことを!」

 

*1:運営に関しては初日にトラブルがありましたが、そのネガティブイメージを覆せるほどの出来栄えでした

『女性だけの街』に関するあれこれ

「女性専用の街に住みたい」という呟きに対しての議論を未だにTwitterで見かける。その度にモヤモヤすることにも疲れたので一度自分の考えをまとめておきたいと思う。

世間では「インフラはどうするのか」などの具体的な街の運営にまで想像を飛躍させて激論が交わされているけれど、それはちょっと議題として進みすぎていると思う。

そもそも「女性専用の街に住みたい」という一人の疲弊した女性の空想ツイートに対して、「じゃあそこから一生出て来ないでください」「力仕事も男に頼るなよ」「インフラ整備はどうするの?まさか男にさせないよね?」という喧嘩腰のリプライが付くこと自体がおかしいだろうという話である。

立場を逆にして考えてみてほしい。とある一般男性が「男性専用の街に住みたい。そうすれば満員電車で手を挙げなくて済むし女性から力仕事を押し付けられないし人目を気にせず薄着で出歩けるのに」と呟いたとしよう(こうして具体例を考えると男性が女性に対して命を脅かされるような恐怖を感じることってほとんどないのだなと思い知らされる)

それに対する女性からの反応は恐らく「いつも苦労しているんだね」「女性関係で嫌な思いをしたんだね」という同情や気遣いが多くを占め、「女性を一緒くたに否定している!排除している!」と感じる人はほとんどいないだろうし、男性VS女性の構図にはならなかったと思う。

勿論過激な人はどこにでもいるので一部から非難の声は上がるかもしれないが、今回の「女性専用の街」に対しては一部どころではない多くの男性が否定的な反応を示したので、多くの女性は驚いたし恐ろしいと感じたのだ。

以前『痴漢防止バッチ』が話題になったときに見かけた意見で納得したものがある。

“住宅街を歩いているときに『監視カメラ設置中』と書かれた家があったとしても「無関係の自分まで泥棒だと疑われている!」と感じる人はいないし、よほど意地悪でなければ「大した家でもないくせに」とも思わず素通りできる。

それが『痴漢防止バッチ』になると、「無関係の自分まで性犯罪者だと言われている気分になる」「大した美人でもないくせに」と、途端に素通りや見て見ぬふりを出来ない男性が増える。”というものだった。

今回の話題にも通じるものがあると思う。

おそらく男性は、“男”という性別に誇りを持っているから、性別自体を否定されることを極端に嫌っているのではないだろうか。

だから「性犯罪を行う者がいるから善良な自分たちまで警戒されるのだ」と同じ男へ憤りを向けるのではなく、「性犯罪者と善良な自分たちの区別がつかない女が悪いのだ」という被害者意識と男同士の連帯感が先に来てしまうのかもしれない。

一方女性はそういったホモソーシャルの煽りを受けることに悲しいかな慣れてしまっている場合が多い。

幼少期から「女にはわからない世界」「やっぱり男同士の友情が最高」と排除されることは少なくないし、それ以外にも直接的な表現で“女”という性を否定されても「また男たちがなんか言ってるよ」と受け流せるスキルを身に着けてしまっている人も多い。

だから仮に「男性専用の街に住みたい」と主張する男性がいたとしても同情こそすれ被害者意識なんか持ちようがないし、その男性の周りにいるであろう“迷惑な女性”と“自分”は性別は同じでも無関係なのだときっちり線引き出来るドライさがある。

「女性専用の街」ではなく「性犯罪者のいない街」と表現する配慮があれば、という意見も見かけたけれど、それもちょっと違うかなと思う。(そもそも精神的に追い詰められている状況でなお男性への配慮を強いられる国とは……)

「女性は身の回りにいる全ての男性に対して『少し嫌い』な状態からスタートしている」という言説があるが、あれは多分真実だ。

自分とは違い体が大きく力の強い生き物に対する本能的な恐怖感が生理的嫌悪感に繋がっているのだと思う。

その少し嫌いな状態から人間関係を築いていき、信用したり尊敬したり好意を抱いたりして、“嫌いではない男性”を増やしていく。

それでも“少し嫌い”な男性が圧倒的に多く存在する現実に疲れてしまうことだってある。性犯罪に巻き込まれた人ならなおさらだ。

それなら生理的に“嫌いではない”、本能的に“恐ろしくない”女性だけの街に逃げたいと思う日があっても仕方のないことだろう。

今回の騒動を見ていて私はこうまで男と女は考え方の違う理解し合えない生き物なのかと絶望した。

それでも、理解し合えないならし合えないなりに自分とは“違う”ことを受け入れて受け流すスルースキルを身につけられればいいのにと思った。

 

 

実写化は百利あって一害なしという話

“実写化”と聞くだけで身の毛がよだつ2次元ヲタクも多いだろう。
でも1回冷静になって考えてみると実写化することで損してる人誰もいなくね?ということに気付く。
まず前提として認識しておいた方が身のためになるのは、実写化は原作ファンのためのものではなく新規顧客開拓のためのものであるということだ。
監督やら制作やらが「原作ファンにも納得のいく作品に」と言うのはプログラミングされたテンプレ台詞と思って聞かなかったことにする方がいい。
原作ものを実写化する理由なんてただ一つ、お金儲け一択だ。
無料で楽しめるコンテンツが豊富にある現代の日本において娯楽産業は衰退する一方なんだと思う。
邦画なんて制作費もろくにない中で一から面白いものを作るのは相当困難だろう。近年のヒット作連発は奇跡に近い。
そこで今日本の娯楽業界が縋っているのが実写化コンテンツなのだと思われる。
実写化は話題性もあるし動員数も稼げるから娯楽産業の命を繋ぐのに手っ取り早かったのだろう。
そんな金儲けのために好きな作品を利用されるなんて許せないと思う原作ファンも多いと思う。気持ちはわかる。
しかしお金儲けのため、が果たして悪いことなのだろうか?というとそうでもなかったりする。
まず実写化が成功しようとしまいと原作者にはお金が入る。これは間違いない。素晴らしい原作の生みの親にお金が入ることはファンとしても異論がないはず。
次に原作を知らずに実写作品を見に行った中から必ず原作に興味を持つ人が出てくる。これが大きい。
出演者のファンでマメなタイプなら予習のために原作を買うという人もいるだろう。
そこで新参者を威嚇してはいけない。「原作ファンが怖いから近寄らんとこ……」と思われたらジャンルを衰退させ自分の首を締めるだけだ。
人間何がきっかけで沼に落ちるかわからない。実写化をきっかけに原作の大ファンになるという人だって少なくないだろう。昨日の敵が明日の友になるかもしれない。
でもそしたら既存の原作ファンは蔑ろにされるばかりでは?と感じるかもしれないが落ち着いてほしい。
実写化されることにより大好きな原作の新規絵を作者が描き下ろしてくれる可能性、高くない……?これが何よりの御褒美にならないか……?
そもそも原作ファンにとっては原作の面白さや価値が揺らぐことがない。実写化という二次創作の出来不出来なんか自分の中の原作観に何の影響を及ぼすこともないだろう。
唯一無二は原作。その原作の、実写化がなければ描かれることがなかったであろう新規絵を、見られるきっかけが生まれた。
もうそれだけで大事件ではないのだろうか……大好きな原作の新規絵ほど嬉しいものなくない……?
実写化なんて原作の壮大なコスプレ広告と思って、面白かったら儲けもんくらいに考えておいた方が精神衛生上良いし楽だ。
たとえ大コケしようがそのせいで原作もつまらないのだろうと短絡的結論に至る人なんてほとんどいないと思う。
せいぜい「あの実写化作品コケたんだって」「原作ファンから叩かれてたもんな」くらいのものだろう。原作の価値が下がることはない。
作者自身が「原作レイプだ!」と怒ったり声を上げたときにこそファンが味方になってあげればいいと思う。
実写化ガチャはほとんどドブかもしれない。でもそこに課金することで経済が回り日本の娯楽産業が支えられていると思えば決して無駄じゃないはずだ。多分。
だからそこまで目くじら立てて敵視しなくてもいいんでないかなーと思ったりする呑気なヲタクの独り言であった。

2次元でも3次元でも人が真剣に作ったものはどこかしら好きになれる部分があるはずだからそこだけ美味しくいただいちゃうのが一番いい。

そろそろゲイをネタ扱いするのはやめないか

 

須賀健太、ゲイ疑惑否定

友人で、俳優の加藤諒は既に写真集をゲット。上半身あらわのショットに「これ、いいの?」と、からかわれたと言う。リポーターから「加藤に狙われているのでは?」との問いに「それはないです。一時期言われてましたが。女性が好き」と否定した。(記事より抜粋)

 

もう本当に。

日本のマスメディアはこんなしょうもない見出しの付け方をして恥ずかしくないのだろうか。

今2017年だよ?

ゲイやオネエを笑いのネタとして扱う前時代的なノリをいつまで続ける気なの?

 

記者や司会者が俳優やアイドルなどに「君はソッチの人なの?」と聞く。

聞かれた方は「違いますよ!」と否定する。

その様子を見て外野がケタケタと笑う。

 

もうこんな馬鹿げたテンプレはいい加減見飽きた。

飽きろよ。メディアも。いつまで昭和初期に取り残されてるんだよ。昭和初期のことは知らんけども。むしろ江戸時代に立ち返れよ愚か者ども。

 

同性愛者か異性愛者かはその人の持った個性の話にすぎない。

ちょっと置き換えて考えればわかることだ。

異性愛疑惑』などという見出しをわざわざつけるのか?

俳優と仲の良い女優さんの名前を出して「○○さんから狙われているのでは」なんて失礼な聞き方が出来るのか?

多数派と少数派でインパクトが違うから…と言うのなら、じゃあ『須賀健太AB型疑惑否定!』なんてわざわざ記事にするのか?と聞きたい。

そういう次元の話を“ネタ”として扱っている馬鹿らしさにそろそろ気付いてくれ。

 

日本のバラエティもマスメディアも圧倒的に遅れているのはもう仕方ない。

ただ、今後そういった場に出る機会が増えるかもしれない若い俳優やアイドルたちには「決して染まるなよ」と伝えたい。

 

かつて記者からゲイやバイではないかという噂について聞かれたキアヌリーブスの言葉はあまりにも有名だ。

 

“僕がその噂を否定するのは簡単だ。

けれどそんなことをすれば僕はゲイやバイであると思われたくないということになるだろう?

それはひとつの差別意識の表れだよね。

「ゲイだと思うなんて酷い、バイだと決めつけるなんて失礼だ」と考えること自体が、実はひどく差別的なんだから。

セクシャリティにかかわらず、僕は僕だよ。

僕の俳優としての評価は、セクシャリティとは無関係だ。

だからその質問に対する答えはたった一つ、『ノーコメント』だよ。”

 

ここまでスマートな返しをしろとは言わない。

何より“場の空気”を重んじる日本でこう返したらきっと「何マジレスしてんだよww」と更に馬鹿にされることが目に見えているし(それも頭の痛い話だが……)

ならばせめて「男性ファンもいるので」とか「老若男女関係なくモテたいです」とか否定も肯定もせず冗談っぽく流せる返しの一つや二つ覚えておいてもいいと思う。

 

Hey!Say!JUMPの伊野尾くんのエピソードで好感が持てたものがある。

コンサートのMCで「男が好き」という発言をし、後日ラジオでそのことに言及され、他のメンバーから「否定してほしい」と言われた伊野尾くん。

それに対して「好きだよ、男!みんな好きだから!だってアイドルなんだから、みんなに愛されたいじゃん!」と返したそうだ。

現代を生きるアイドルとして100点満点の答えだなと感心しきりだった。

 

世の中は異性愛者だけのものではない。

雑誌インタビューなどで散見される『好きな異性のタイプは?』という質問も、需要が限定的すぎるのではないかと違和感を覚える。

ファンの中にだって同性愛者やその他数多のセクシャリティの人間がいるはずで、その人たちにも異性愛者と同じだけ推しへの夢を見る機会が与えられてしかるべきだ。

 

頭の固いオジサンオバサンたちはもう放っておこう。

若い世代で少しずつ「それサムイっすよ」という空気を浸透させていこう。

若手俳優よ、アイドルよ、その他モデルでもミュージシャンでも、夢を与える職業の人たち全てへ。

色んな悩みを持った色んなセクシャリティの人間が、貴方たちを希望だと思って応援しています。

日本のメディアを少しずつ、良い方へ変えていってくれ。

 

芸能ヲタがカノバレを嫌う心理

 

好きな芸能人のスキャンダルを喜ぶヲタクなんてほとんど居ませんよね。

でも熱愛発覚を嘆くヲタクに対して「自分が付き合えるとでも思ってたのかよww」という的外れな言葉をかける一般人は毎回必ずどこにでも現れます。

その度に「違うそうじゃない」とヲタクは否定しますが、なかなか理解してもらえないし、自分でも心のモヤモヤの理由がわからないという人も多いと思います。

しかしながら私は、そのファン心理は実にシンプルなものだと考えています。

 

今まで“誰のものでもない”“みんなのもの”だった芸能人が、急に“誰か一人のもの”になってしまう淋しさや“誰かのことだけを特別扱いしている”状態になる不公平感からくる不満にほかならないのではないでしょうか。

 

ひとくくりに芸能人のファンと言っても様々な人種がいて様々な応援スタンスがあります。

・「自分を知ってほしい」「特別扱いされたい」ガチ恋夢女子勢

・「お仕事第一主義であってほしい」「人間性を尊敬したい」崇拝信仰勢

・「誰と誰が仲良くキャッキャしているのに萌える」妄想腐女子

などなど。

 

そんな数多のファン層や需要があるのだから、恋人の存在が発覚することで思い描いていた偶像が崩壊して今まで通りに応援できなくなる人が多くなるのも不思議ではありません。

お仕事をしている姿だけを好きでいればいいという意見もあるかもしれませんが、SNSやドキュメンタリー等の発信が盛んな昨今、人となりも含めて商売道具になっていることがほとんどだと思います。

そういった様々な角度からファンになったヲタクたちの多種多様な需要に幅広く応えられるのが、“誰とも付き合っていない”“身綺麗な状態の”芸能人なんだと思います。

 

とは言え芸能人だって人間なのだから恋愛をしたいというのもわかります。

それなら徹底的に隠せばいいのです。

勿論「ありのままの自分を応援してほしいから」と恋愛事情を大っぴらにするのも自由です。

そういった振る舞いをしてもファンを逃がさないだけの実力があり、仕事が減らない自信があるのであれば、という前提にはなってしまいますが。

やはり一度もファンを不安にさせることのないまま卒業・引退したり、ある程度の年齢になって正式な結婚報告をするのが一番円満に祝福される構図ではないかと考えます。

もしくはスキャンダルなど雑音にしかならないほど突き抜けた売れっ子になってしまうか……。

 

どちらにせよ自分が売り物であるという覚悟が必要な職業であり、華やかさと過酷さが表裏一体の世界だなと思います。

綺麗な夢を見せ続けてくれる芸能人にはきちんと感謝したいですし、報われてほしいと心から願っています。

 

 

るひまに推しが出ると幸せになれる7つの理由

 

今年はるひまさんの年末明治座が帰ってきますね。

いよいよキャスト発表の日程も近付いて参りました。

そこで今回はるひま未経験の方にプレゼンする用のブログを綴りたいと思います。

るひま沼は楽しい、楽しいけれど一言では説明しにくい。

ヲタ友と話していて何度かそんな場面があり、一度はまとめておきたいと考えていました。

不慣れなため拙い紹介になるかもしれませんが、お付き合いいただけたら幸いです。

 

まず“るひま”とはなんぞやという話からですが、『る・ひまわり』という制作会社の略称であり愛称です。

検索すると“演劇・映画・イベントなどの企画、制作、運営、宣伝をする会社です。”と出てきます。

そんなるひまさんが手がけている数々の作品の中でも特におすすめしたいのが、通称“祭シリーズ”と呼ばれる舞台作品です。

2011年からほぼ毎年、年末か新春のタイミングで上演されており、ここ数年は明治座での公演がお決まりとなっています。

 

結論から言うと、るひまの祭シリーズに好きな役者が出るとめちゃめちゃ楽しいです。

人生の質が向上すると言っても過言ではありません。

その理由をいくつか述べていきたいと思います。

 

其の一『内容が面白い』

祭シリーズは便宜上“シリーズ”と呼称しているものの、連作や続き物というわけではないので初めての方もご安心ください。

毎年きちんと新しい演目が用意され、出演するキャストも様々です。

舞台は二部構成となっており、一部は歴史を題材にした時代劇作品、二部は歌と踊りのショータイムが上演されます。

時代劇作品と聞くと堅苦しいものを想像するかもしれませんが、元々は『戦国鍋TV』の派生舞台ということもあり全くそんなことはありません。

時代設定ではありえない横文字を当たり前のように喋り出したり、その年に流行したギャグが飛び交ったり、パロディ楽曲でミュージカルを始めたり、テニスラケットを振ったりと何でもありです。

ふざける場面ではふざけ倒し、客席が笑いに包まれます。

それでいてシリアスな場面では涙を誘い、最後には何かしら胸に残るようなテーマ性のある物語となっていて見応えは十分です。

また、二部のショータイムではキャストがそれぞれアイドルユニットやアーティストグループを結成し、どこかで聞いたことのあるようなパクリパロディ楽曲を歌い踊ります。

ここではペンライトや団扇での応援も許可されており、明治座がさながらコンサート会場と化します。

本格的な芝居や殺陣をする推しも、笑いの腕を試される推しも、キラキラ歌い踊る推しも、他の出演者と楽しそうにきゃっきゃする推しも、一度に堪能できる贅沢な舞台です。楽しくないはずがありません。

“祭”と銘打たれているだけのことはあり、見所が盛り沢山です。

 (ショータイム楽曲例/出演:杉江大志、林剛史、兼崎健太郎、上口耕平、中村龍介)

 

其の二『推しが成長する』

祭シリーズには若手俳優だけでなくさまざまなフィールドで活躍する人物が30人弱集められます。

ベテラン俳優勢が作品の軸をどっしりと支え、小劇場で活躍する面白おじさんたちが場を盛り上げ、時に宝塚出身女優さんや、ミュージカル界で活躍する実力派、お笑い芸人さん等も出演し芝居の幅を広げます。

更に演出をされているのが愛ある厳しさで有名な板垣恭一さん。観客を笑わせるために役者は苦しまないといけないということを教えられ、甘い考えでは振り落とされてしまうような、若手が焦りを覚える稽古場に毎回なるようです。

周りには師となる人がたくさん居て、生半可な覚悟では舞台に立てないことを学べる上質な環境で、若手の役者たちは一皮も二皮も剥けて成長していきます。

現に、るひま作品に出演していた若手たちは次々と人気俳優となり引っ張りだこ状態の人も多いです。

若手を成長させる土壌が整っているのも推しに出演してほしい大きなポイントになると思います。

 

其の三『準備期間も楽しい』

年末の祭シリーズは東京で3~4日間、大阪で1日間という少ない公演期間であっという間に終幕してしまいます。

しかしながら楽しみは公演中だけではありません。

まず、一部が時代劇ということもあり、事前にその作品にまつわる名所を巡るバスツアーが開催されたりします。

その年の作品に出演する役者数名がガイド役となり、歴史のお勉強会も兼ねて参加者とお寺や城を巡ります。

作品の予習もできるし、好きな役者には会えるし、なんとも画期的な企画。

次に、二部のショータイムに向けて各ユニットのミュージックビデオが公開されます。

たった数日間の公演のためにわざわざユニット曲のPV撮影をしてくれるんです。しかも無駄にクオリティが高い。

意味がわかりませんよね? これがるひまが沼たる所以です。

面白いものを作ることに妥協がありません。めちゃめちゃエンターテインメントしてくれます。

ちなみにその年のユニット曲が全曲入ったCDがS席特典として無料配布されます。太っ腹が過ぎる。

(ミュージックビデオ例/出演:安西慎太郎、中村龍介井深克彦大山真志)

 

其の四『カウントダウン公演がある』

カウントダウン公演があるんです。大晦日に。年越しの瞬間を劇場で迎えることができます。

歴代るひま作品の劇中歌やユニットソングが披露されるコンサート形式が馴染んできましたが、一度だけカウントダウン後にがっつり4時間の演目を上演するというトチ狂った公演があり、客席も演者も眠すぎてわけがわからなくなるという事態に陥った年もありました。

しかしながら劇場で、好きな役者たちを目の前に、同じ趣味をもった人たちと年越しの瞬間を迎えられるというのは多幸感があります。

推しの仕事納め兼仕事始めの現場に居合わせられ、いち早く新年の抱負も聞けます。最高の空間です。

 

(カウントダウンライブのためだけに作られた楽曲/出演:安西慎太郎、赤澤燈、鳥越裕貴、山崎大輝)

 

其の五『アフターケアもばっちり』

楽しいお祭りが終わってしまうと喪失感で生きる気力を失いがちですよね。いわゆる“ロス”の状態に陥ります。

しかしながらるひまさんはそんなヲタクたちの心のケアを忘れません。

公演後の割と早い段階で劇中の名場面やショータイムの映像を配信してくれます。

ヲタクたちは「るひま仕事早い」と口々に賞賛しながらロス緩和にいそしみます。

そして春先には上映会も開催されます。

年末公演やカウントダウン公演の様子をスクリーン上映する機会を設けてくれるんです。

しかもただ本編を上映するだけではないのがるひまクオリティ。

当然のように出演していた役者陣数名がゲスト登壇します。

そしてなんと本編の数年後の話やスピンオフ作品を、書き下ろしの朗読劇で披露してくれたりします。

通常ヲタクの脳内で繰り広げられるに留まるであろうアフターエピソードを公式が教えてくれるという……そんなことってある!?

他にも出演者がその場でコメンタリーを喋りながら一緒に見る回もあったりと、上映会と言えど満足する試みがたくさん用意されています。

 

其の六『ブログが癒し』

るひまには“るーちゃん”というマスコットキャラがいます。

“るーちゃん”が書いている(という体の)ブログも存在します。

そのるーちゃんブログがまあ~~~サービスの行き届いていること行き届いていること。

ビジュアル撮影時から稽古中、公演期間中にかけて出演者たちの様子を写真付きで伝えてくれます。

貴重なオフショットや、稽古の合間の出演者たちの会話の様子、ほっこりエピソードなど、楽しそうな様子を教えてくれる貴重な情報源です。

全公演終了後にも、公演を振り返るような記事を掲載してくれたり、上映会で上演された朗読劇の内容なども公開されます。

ヲタクの気持ちに寄り添い、ヲタクの欲しがる情報を与えてくれる、るーちゃんブログはなくてはならない存在の一つです。

ちなみに公演期間中にはるーちゃんの着ぐるみが劇場内を歩いているので写真も撮れます。とってもかわいい。


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其の七『DVDが凄まじい』

るひまの舞台はDVD化されることが多いです。祭シリーズやカウントダウンイベントもほぼDVD化されています。

るひまという会社はとにかくヲタクの要望を聞き、可能な限り実現してくれるという、ヲタクの期待に応えすぎる節のある制作会社です。

DVDの映像特典としてバックステージ映像は豊富に入れてくれるし、ユニット曲のPVや上映イベントの様子までつけてくれます。

しかしながらヲタクの欲望は尽きることがありません。「公演ごとの日替わりパートも入れてほしい」「バスツアーの様子が知りたい」「PVのメイキングも見たい」……アンケートやTwitter上では好き勝手な要望が飛び交います。「お金ならいくらでも出すから」と。

なんとるひまさん、全部叶えてくれちゃいました。特典映像だけで4時間越え。頭おかしいんじゃないかと思ってます。(褒め言葉)

しかも金額だって2.5次元舞台の物と比較するとそこまで高くありません。諭吉をちょっと超えるくらいです。良心的すぎます。この会社大丈夫なの?って心配になるレベルです。

痒い所に手の届きすぎる制作会社、それがる・ひまわり。一生ついていきたい。

 

ざっと思い付いただけでも推せるポイントがこれだけあります。

他にもフライヤーの写真が毎回本編と関係ないコスプレで意味がわからないとか、パンフの写真が綺麗すぎるとか、明治座とコラボした食事メニューが豊富だとか、いいところがいっぱいあります。

デメリットを上げるとするならば公演数が少なすぎてチケットが取れないことと(※訂正→カウントダウン含め割と取れるようになりました)、湯水のようにお金を使ってしまうことくらいでしょうか。

るひまの祭シリーズに推しが出ることになるかもしれない皆さん、チケ取りでは共に戦い、年末年始は全力で楽しみましょうね。

ここまで読んで下さりありがとうございました。少しでも「推しにもるひま出てほしい!」と思っていただけたら書いた甲斐があります。

るひまファンが増え、るひまが潤い、るひまがまた面白い作品を生み出してくれることを願っています。

 

不遇を嘆く地方人、お金のかかる都会人。

“地方のヲタクが不遇だと思うなら上京すればいい。仕事だって転職すればいい。その環境に身を置くことを選んでいるのは自分自身なのだから、地方住まいを理由に都内の優遇を妬んだり嘆いたりするのはお門違いだ。”

 

というような内容のツイートを、もう何年も前のジャニヲタ時代に見かけたことがある。

おそらく「都内ばかりでイベントがあって狡い」「日程が出るのが急すぎて地方民のことを考えていない」などの不平不満に一石を投じるツイートだったと思う。

家庭を持っている人などは自分だけの選択で住む場所をどうこうできるわけではないが、その時田舎で実家暮らしをしていた私は確かにぐうの音も出ないなと納得した。

その後上京を決める際に背中を押す言葉として自分の中に印象深く残った。

 

都内で突発的にイベントが行われたり、日程の発表がギリギリになるというのは、実際に地方民のことなど想定されていないからにほかならないと思う。

そういった条件下でも集まれる人を対象に催されているのであろうし、それだけでも十分に集客が見込めるからそのような対応になるのであろう。

これが集客も見込めず、地方から足を運んでくれるお客さんも喉から手が出るほどほしいと切羽詰まっているのであれば、きちんとそれなりの対応をしてくれるはずだ。

ファンは簡単に「地方にも来てください」と言うが、それだって利益が出るか出ないかの話だ。慈善事業ではないのだから赤字を出してまで地方に行くことはないだろう。

それを不遇だ、蔑ろにされていると感じるのであれば、自分自身が便利な場所へ越してみるほかにない。

 

そうして私自身上京し一人暮らしを始めてみて実感したのは、やはり家賃や水道光熱費などもろもろにお金がかかるということだ。

確かに突発的な都内の催しなどにスケジュールを合わせやすくはなったが、実家暮らしをしていた頃のように地方へ遠征する金銭的余裕はなくなった。実家からの交通費や宿泊費よりも、家賃などの方が高くついているのだろう。

また、憧れていた仕事帰りに観劇というのもなかなか難しかった。劇場の場所によっては定時退社でも間に合わないし、何より仕事終わりに観る舞台は集中力が欠けて普段より楽しめないと実感した。

舞台やコンサートの日程に合わせて休みを取り、ホテルを予約し、当日はその地域の美味しいものを食べたり観光も満喫できていた実家暮らしの頃の方が、目的以外の出来事も含めて濃密な思い出になっていた気がする。

勿論、思い立った舞台にふらりと足を運べたり、都内暮らしの方が何かとフットワーク軽く動けることには違いない。それでもお金は有限なのだから選べる舞台は限られてくる。

地方も都内も、どちらにも善し悪しがあって、自分がどちらを選ぶかにすぎないことがよくわかった。

 

私は家の事情でこれからまた田舎へ戻ることになるかもしれない。

そうなったときはきっと、都内で行われるイベントを羨んだり、日程発表の遅さにやきもきさせられるのであろう。

しかしもう「都会は狡い」と一方的に妬んだり「地方を馬鹿にしてる」と怒り狂うことはないはずだ。

都内暮らしを経験したことで少し視野を広く持てるようになり、今後のヲタク人生にプラスになった気がしている。